大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和55年(う)771号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一二〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人清水規廣、同五神辰雄、同野原薫連名提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

一  控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、原判示第一の一、二及び第二の各取引につき、被告人は、自己が取引当事者であると認識していなかつたこと、右各取引の畳・値段・代金支払方法等につきいちいち背後者の指示を仰いでいたこと及び取引後も一銭の分け前ももらわなかつたことなどから、覚せい剤譲渡の正犯意思を欠き、幇助の意思のみを有していたので従犯であるのに、被告人に対し共謀共同正犯の事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、関係各証拠を調査し、当審における事実取調の結果をも合わせて検討すると、次の事実が認められる。

(一)  右本件各犯行は、香港に組織の本部を有し、覚せい剤密売のため本邦に入国した香港の中国人グループらにより敢行されたもので、本邦における同グループのメンバーは指揮者である麦生(昭和五四年六月二四日ころ入国、同年七月二〇日ころ一時出国、同年八月一日ころ再入国、同月二五日ころ出国。)及びその後任代行者として来日した原判示第二の共犯者李松和のもとに、馬光、欧、梁、蔡及び原判示第一ないし第三の共犯者黄衍理(同年六月二四日入国、同年七月二二日一時出国、同年八月一日再入国。)らであつて、被告人は、かつて香港において仕事をした際、使用人として雇つていた右黄から、本邦への入国当時連絡を受けて再会し、昭和五四年七月初旬ころ、黄から、同人が本邦において覚せい剤密売の目的で香港から組織の一員として入国してきたことを話され、マーケット拡張のため買手の紹介を依頼されて承諾したこと、その後同人がホテルを転々とし金に困っている様子から、同月一〇日ころより同人の一時出国した期間を除き自宅に泊めていたこと及びその間被告人は、黄から、同グループの覚せい剤の密輸・密売組織の構成密輸ルート等の詳細な説明を受け、同人の紹介により指揮者の麦生とも会食し覚せい剤の日本における売り値等の話を聞いていること、

(二)  被告人は、黄から依頼された覚せい剤の売却につき、知人の堂園浩男(原判示第一の共犯者)及び大隅千春(同第二関係)に買手のあつ旋を頼み、同人らを介し、その紹介による買手の池田勝(第一関係)及び住吉勝治(第二関係)と、それぞれ各取引の場所・時刻・数量・代金等の交渉、打ち合わせをし、黄に連絡をとつたほか、池田との取引については、黄が当初の約束した時間に遅れ、池田も代金全額を用意できなかつたため、二回にわたる原判示第一の各取引とも、被告人が単身取引現場に赴き、各覚せい剤の受け渡し、代金の受領、堂園に対する紹介謝礼金の支払いを行つており、また、住吉との取引については、昭和五四年八月二四日ころ黄に連絡した際、同人から「麦が日本を離れるので、しばらく覚せい剤の注文をとらないようにしてくれ。」と言われたが、被告人において「それはまずい二七日に取引をするかもしれない。もう注文をとつて内金をもらつてしまつた。」旨を述べ、かねて黄から聞いていた覚せい剤の売り値、同人の利得範囲、その他の了解事項に基づき、大隅を介して取引交渉を進め、内金五〇万円の交付を受けていたものであつて、結局、被告人の手筈に従い、原判示第二のように被告人方で取引を行うに至つたものであるが、その際、被告人は、自ら残代金の受領及び大隅に対する紹介謝礼金を支払うなどしていること、

(三)  右のような諸事情に照らすと、被告人は、黄らが本邦において覚せい剤の密輸・密売を目的として入国した組織の一員であることを熟知しながら、同人に協力し、積極的に買手を探し、自ら買手側との交渉・応接にあたり、その旨黄に連絡をとつていたとはいえ、各取引の手配を行い、その現場にも臨み、覚せい剤の受け渡し、代金の授受等実行行為の全部もしくは大部分に直接関与し、前記各犯行を行つたものであつて、その各態様に徴すると、被告人こそ最も重要な役割を果しており、黄ら組織の者は、むしろ覚せい剤の準備役にすぎないものであつたというべきである。なるほど、被告人は、黄との関係において、その世話を受けたことや友情から報酬を意図しないで右各犯行に加担したものであることは、これを認め得るけれども(もつとも、黄は、各犯行による自己の利得分を被告人の保管に託しており、応分の分与をする意向であつたことが認められる。)、しかし、その加担行為の態様は、前記のとおり、犯行に不可欠な重要性を有し、組織の者の犯行及び利益と直結し一体化している状況というべきであるから、被告人に覚せい剤処分の決定権がなく、自己の直接的な報酬を意図していなかつたからといつて、単なる黄と各買手間との仲介者ないし使者で正犯意思を欠くものとは到底認められず、営利目的による覚せい剤譲渡の共同正犯としてその責任を免れるものではない。

なお、所論は、前記各公訴事実を認めた被告人の原審における供述は、共謀の概念を知らず、ただ自責の念から認めたものにすぎないから、その供述には信用性がないというのであるが、被告人は、捜査段階から、原判示各共謀の事実を詳細に供述し、その事実認識に欠けるところがないこと及び原審における弁護人も何ら争つていないことなどに徴し、被告人が共謀の概念に全く無理解であつたとは認めることができない。

以上の次第で、原判決に所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二(事実誤認・法令適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、原判示第一の一、二の各所為は包括一罪であるのに、これを併合罪と認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認・法令適用の誤りがある、というのである。

関係各証拠によると、右二日にわたつて行われた各覚せい剤約一〇〇グラムの譲渡は、所論のように、当初被告人ら関係者間において二〇〇グラムを一〇〇万円の約束で取引することになつていたことが認められるけれども、その取引当日、買受人の池田勝において現金一〇〇万円の都合がつかず、被告人は、同人から持参した現金五〇万円のほかは約束手形と定期預金証書を担保に覚せい剤二〇〇グラム全量の引渡しを求められたが、これを拒否し、現金五〇万円と引換えに一〇〇グラム入り一袋のみの引渡しに応じ、他の一〇〇グラム入り一袋については、翌日現金での取引を約したため、改めて現金を都合してきた池田に翌日一〇〇グラム入り一袋を渡したものであつて、一般にこの種の取引は、その性質上特別の事情がない限り現金と引換え給付が原則であり、本件取引もその経緯、態様自体に徴し、いわゆる右の現金取引の場合であることを示しているうえ、ことに、本件覚せい剤は密輸・密売組織の外国人が本邦に持ち込んだもので、被告人の所有物件ではなく、外国人の本邦における在留期間は限定されていること、売買当事者間には相互に個人的な交流がないこと及び被告人も池田を信用できる相手とはみていなかつたことなどを合わせ考えれば、当初所論のような合意があつたからといつて、現金の提供がない限り、当初の合意は無視されるのが経験則であつて、本件取引には前記特別の事情のある場合でないことは明らかというべきである。従つて、本件各取引が、当初の合意による履行条件につき便宜二分して行われたものとは認めることができず、原判決が各取引ごとに別罪の成立を認めたことは相当である。原判決に事実誤認・法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

三  控訴趣意第三(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人を懲役四年六月に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも合わせて情状をみると、本件は、原判示のとおり、被告人が、覚せい剤を、営利の目的で、黄衍理らと共謀のうえ、池田勝ほか一名に対し、合計約五〇〇グラムを譲り渡し、右黄と共謀し、自宅において約〇・六四一グラムを所持したという事案であつて、本件各犯行の経緯、罪質、態様、取引量及び大量の覚せい剤の流通拡散による人体ならびに社会に及ぼす害悪の重大性を考えると、被告人の刑事責任は極めて重いというほかはなく、原判決が、その「量刑理由」において説示するところも記録に照らし相当である。

してみると、被告人の前記黄との関係、犯行の動機、覚せい剤事犯の前歴がないこと、本件各犯行を深く反省し、本件犯行の背景事情を供述し、共犯者らの検挙・訴追に寄与していること、被告人の生活歴及び年齢等所論指摘の被告人にとつて有利な諸事情を十分に斟酌しても、原判決の量刑はやむを得ないものであつて、不当に重いとは認めることができない。論旨は理由がない。

よつて刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未勾留日数中一二〇日を刑法二一条により原判決の刑に算入することとして、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例